リーダーは逃げてはいけない〜偉大な経営者から学んだこと

不自由な経営者

出口が見えずどこまでも続く苦しみ。

25歳で家業を継いだ当時そんな気持ちを抱えていました。

スタッフ約20人を抱える会社の後継者・・・と言っても下請け会社に限りなく近い状態で、売り上げの6割を一つの会社に依存していたのです。

その取引先からの仕事がないと社員に給料も払えない。ムチャな値下げ要求も断ることは出来ない。

 

それだけではない。

その取引先の業績は低迷し続け、毎年1000万ずつ売り上げが減り続けました。

自分の力で立っていられない会社であること。そして今、自分が乗っている船は沈んでいっていること。

「全然、自由じゃない」

心のなかでそんな声が聞こえてきます。経営者として自分の時間をコントロール出来る立場になのに、実態は全然違う。

 

写真館は斜陽産業ど真ん中、、、、逃げ出したいのはやまやまですが、生き残るため必死に漕ぎ出します。

 

とにかく売り上げ。

売り上げを上げるために色んな事に取り組みました。

1番気持ちが萎えたのは、なんとか別の部署で売り上げを大幅にアップしたと思ったら、同じだけその取引先からの売り上げが減って結局、現状維持。

「結局、何も変わってないのかよ」

死にものぐるいで走った結果、一年前と同じ場所にいたのでした(苦笑)。

 

だが、

永遠に続くと思われる苦しみもいつかは終わる。

「早くここから抜け出し

 自由になりたい」

そう思いながらも目の前の課題を一つずつクリアしていきました。様々なことに取り組み続けた結果、少しづつ成果は出ていきました。

いつの間にか家業を継いで12年。昨年、ようやく全盛期の売り上げ水準にまで戻す事ができました。

振り返ってみるとその取引先の売上は5分の1に激減。古いビジネスモデルのまま、何もしなければ当然潰れているところでした。

 

卵を一つのカゴに盛るな。

 

とは、よく言われている格言でありますが、会社を安定させるためには何か1つの事業に依存してはいけない・・・・そんな事を学んだのです。

お陰さまでちょっとやそっとの事ではへこたれない力が培われた。
あの時よりはマシか・・・そんな風に思えるようになった。

自分に経営者としての能力があるとは思えなかったけど、僕はこの会社のリーダーであり会社を存続させることは自分の使命だ。

逃げるという選択肢は持っていませんでした。使命というよりもう呪縛(笑)

「俺もあんな風になれたらいいのに」

成功者は僕の持つような悩みなんてない。

沈んでいく船の中で明日が見えなくて不安になったり、解決策はわかってるのにしがらみで身動きが取れなかったりすることはない。

そんな風に信じて疑わなかったが、どうやらそうではないらしい。

沢山の成功者に直接、会ってわかりました。

 

創業した会社を5000人の規模まで育て上げ、日本を代表する起業家となったGMOインターネットグループの熊谷正寿代表。

熊谷正寿社長

こんな事をいっています。

ぶっちゃけ事業家やっていると毎日修羅場なんですよ。

だから「熊谷さん、楽しいですか? 事業家やってて」って若い起業家の方からご質問をいただくんですけど「ぶっちゃけ事業家経験を振り返ると、90%以上苦しいよ」と。

絶えず苦しい。

なぜならば、やっぱり高い目標があれば絶えずそことギャップがあって、自分が立てている目標を上回ってる時期なんてありえないんですよね。

そういうのありました? 絶えず下回ってるじゃないですか。

だとすると苦しくて当たり前で、自分自身で安らげる時間というのは20年を振り返ってないですよね。

インターネットメディア ログミーより引用

それから、

経営の神様と呼ばれる稲盛和夫さん。

念のため説明しておきますと、京セラ(現KDDI)の創業者で最近では破産した日本航空の経営を2年でV字回復させた偉大な実業家。

その稲盛和夫さんもこんな体験をしたそう。

大学の先生の紹介で、京都の松風工業という高圧線用碍子の製造会社にやっと就職するのですが、実は経営難が続いていたことを入ってから知ります。

給料も遅配で、非常に厳しい環境でした。

新入社員は次々辞め、秋には2人になってしまいます。2人で相談して転職を決め、手続きに必要な戸籍謄本を鹿児島の実家から取り寄せようとしたのに、いつまで経っても届かない。

「入社して半年も辛抱できない人間は情けない」

と、兄が握り潰していたのです。

転職もかなわない。これでかえって気持ちが吹っ切れました。

ここで生きていかざるをえないなら、これ以上、不平不満をいっても仕方ない。逆境に耐える努力をしよう。

考えを180度切り替えて仕事に没頭する決意をしました。厳しい環境が否応なく私を変えてくれ、生きる道を教えてくれたのです。

(プレジデント オンラインより引用)

人口が減っていく国だから

「もっと気楽にいこうよ。」

そう言う人もいます。

肩の力を抜いて気楽に人生を楽しんだら良いのかもしれません。

無理せず会社を回していく事は出来る。来た仕事をこなしていくだけでも生きていくことは出来るし、難しくはない。

赤字の会社でもベンツに乗ってブランド物を身に着け、良い暮らしをしている経営者は居ます。

でも、

リーダーが現状維持を目指したらどうなるか?

「このままでいいじゃん。嵐が過ぎれば何とかなるさ」

・・・と目の前の課題から逃げていたらどうなるか?

 

ウチの場合は恐らく潰れていました。

あなたの場合は分かりません。

 

でも、

 

リーダーとは環境のせいにする人ではない。

リーダーとは逃げる奴でもない。

 

厳しい環境の中で生き延びていくためには苦難を乗り越える力をどれぐらい持っているのか。どのぐらい正面から向き合っていくのか。

嵐を乗り越えてきた偉大な実業家の背中を見てそんな風に思ったのでした。

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阿部拓歩について

情熱をテーマに人物写真を撮っている写真家。経営者を中心に「ニッポンの偉大なリーダーの素顔」をwebや写真展などで広く伝える活動をしています。

プロモデルではないフツーの人を自然に撮るのが得意で「笑って」と言わずに笑顔を引き出して撮影するスタイルがウケています(←自分で言っちゃった)。

創業80年になるフォトスタジオを徳島と大阪で5拠点 経営し家族の宝物をつくる事業をしています。東京にも月に3回ぐらい出没中。

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大阪でおこなった「大切なもの写真展」について地元の徳島新聞に取り上げられた時の記事です。徳島新聞に掲載された時の写真

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