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TAKUHO photo diary

夢が一つ叶った瞬間。

東京都内のホテルで目覚めました。

 

僕にとってはすごく重要な事を
忘れていた気がしていたのですが、
今思い出しました!

いや、皆さんにとっては
大して重要な事じゃ
ないんですけどね、

、、、

実は、、、

 

僕の撮った写真が
雑誌の表紙になりました!

雑誌 ビジネスチャンス

自分の撮った写真を本屋さんで見る。

これはカメラマンにとって
至上の喜び。

今までも作家さんの
プロフィール写真などで
その機会はあったけれど
表紙はありませんでした。

 

写真館の息子に生まれたのに
ミュージシャンになる!
と継がない宣言をし上京。
デビューのチャンスが
あったものの
大きな違和感を感じ
バンドを脱退。

色々あって写真を始めたのは
今から14年前の22歳の時。

 

敷かれたレールではなく
自分の道を切り開く。

いつもそう考えてきました。

 

そんな思いで、
雑誌の世界へ飛び込んだのが24歳。

街のダサい写真館ではなく
ミュージシャンを撮るカメラマンに
なるつもりでした(笑)

25歳で親から
継いで欲しいと初めて言われ
全てを捨てて徳島へ。

創業80年の阿部写真館を

継ぐことになりました。

 

決断は一瞬でした。

今まで当たり前に存在してきた

ウチの店が無くなるのは

絶対ダメだ。

そう思ったんです。

 

実際に会社に入って知った事は
会社って実は簡単に潰れるんだという事。

 

創業して10年で生き残る企業は4%しかない。

そんなデータもある通り

会社というのは潰れるように出来てるんです。

 

良い写真を撮るだけでは
20人ぐらいいたスタッフの
生活を守る事は出来ない。

そんな思いから
経営を学んできました。

その間、写真を撮る時間は
ほとんど無い。

売上を上げないと生きていけない。

そこそこ裕福な家庭に生まれた僕は
お金とかどうでも良かった。

そんな世界とは無縁の
アーティストになりたかったんです。

街のダサい写真館ではなく
カッコ良い事がやりたかった(笑)

でも現実は厳しい。

ヒジョーに厳しい。

すぐに自分の思い通りの
人生を生きられるほど
甘くないんですよね。

 

そんなこんなで
経営が仕事。

撮影は趣味。

そのように位置付けました。

とにかく生き残らないと。

今までやった事無い勉強を
しまくりました。

 

経営が軌道に乗ってから
自由な時間が取れるように
なるまで約10年。

4歳年下の後輩カメラマンは
既に雑誌の表紙を撮っていますので
僕は遅いのですが、

それでも少ない時間で
写真を撮ってきた僕が
雑誌の表紙を撮れた事は
大きな前進であります。

今は店の運営をスタッフに任せ
自分の得意な撮影に多くの時間を
使えるようになりつつあります。

これもここまで支えて下さった
皆さまのお陰であります\(^o^)/

大きな夢を持ってこれからも頑張ります。

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HOME’s 井上高志社長から教わった「利他の心」

【メディア取材】NHKにて写真館経営者としてインタビューを受けました。

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